法定の撤回
遺言の撤回は、原則として遺言の方式による明白な意思表示によってしなければならないことを民法は定めています。
そのような明示の撤回のほかに、一定の事実が存在する場合に法律上、遺言を撤回したものとみなされることがあります(法定撤回)。
法定撤回にあたる事実として、抵触する遺言および遺言後の生前処分その他の法律行為、遺言書の破棄および遺贈の目的物の破棄があります。
法定撤回は、方式によらない撤回を可能とするものであるから、遺言の方式による撤回の原則は、緩和されていることになります。
法定撤回の性格
一定の事実が存在する場合に、遺言の撤回があったものとされるのは、一定の事実の存在から遺言者の撤回の意思が推定されるからではなく、遺言者の意思にかかわらず撤回が犠牲されます。
所定の事実があれば、通常は遺言者の撤回の意思が推定されるが、遺言者に撤回の意思が存在しない場合でも、あらかじめ争いが生じるのを避けるために撤回を犠牲したものとされます。
もっとも、遺言者の真意を探る必要性は否定できないとして、これを疑問とする立場も有力です。
抵触遺言による撤回犠牲
前後の遺言の関係
遺言は、遺言者の最終意思を尊重しようとする制度であるから、作成時の異なる複数の遺言がある場合、死亡に近い方ののちの遺言が優先されるべきことになります。
もっとも、複数遺言の内容が両立する場合には優劣は生じず、どの遺言も有効なものとして執行されるべきことに問題はありません。
前後の遺言に、内容上の抵触がある場合に問題となります。この場合に、前の遺言を執行させる扱いも考えられるが、民法は後の遺言が前の遺言と抵触する限りで、前の遺言の一部が撤回されたものとみなしています。
抵触する部分以外については、前の遺言と後の遺言が有効に併存することになります。
抵触遺言の作成
遺言者が、後の遺言で前の遺言を撤回する意思を表示していれば、前遺言の撤回の効果が生じます。
遺言の撤回の犠牲がなされるのは、前の遺言と抵触する内容の遺言がなされた場合であり、主として前遺言の効力について、明示的に意思表示がされていない場合に問題となります。
法定撤回は、意思の推定ではなく犠牲であると解されていることから、遺言者が前の遺言の存在またはその内容を忘れて、後の遺言を作成している場合であっても、撤回の効力は生じるとされています。
抵触するときの意味
抵触とは、後の遺言を実現しようとするときは、前の遺言の執行が不能となる程度に明白に内容が矛盾することをいうとされています。
たとえば、甲不動産をAに遺贈する旨の遺言ののちに、甲不動産をBに遺贈する旨の遺言が作成された場合がこれに該当します。
判例はさらに、後の遺言が前の遺言と両立させない趣旨のもとになされたことが明かな場合を含む、という基準を示しています(最高裁判所判例昭和56年11月13日)。
裁判例では、新旧の遺言書の文言の解釈を基本としつつも、遺言書作成当時の事情および遺言者のおかれていた状況なども考慮して遺言者の意思を解釈し、抵触の有無が判断されています。
のちの遺言の内容が前の遺言の一部と重なっているだけの場合でも、遺言者が弁護士の関与のもとに旧遺言とは異なる遺言執行者を指定するなど、旧遺言作成当時とは異なる新たな気持ちで新遺言を作成したものと考えられ、旧遺言と両立させない趣旨で新遺言を作成したものというべきであり、新遺言が前の遺言と全面的に抵触しているとされた例があります(東京地方裁判所判例平成7年7月26日)。
抵触しないとされた遺言の例として、高齢の夫が遺産のすべてを妻に譲るとの遺言を作成したのちに、第二遺言で自分の死後、土地家屋の現状を維持するとともに、妻の死後はそれらを処分して換価し、その代金を一定の割合で子らに与える旨を記載したものがあります(東京高等裁判所判例平成14年8月29日)。
遺言の撤回・取消し概説の一覧
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